名前のない怪物
名前のない怪物
星野廉
2023年2月21日 13:38
世の中にはよく見聞きしたり自分で口にするにもかかわらず、それを見たことが一度もないものがあります。見たことも触れたこともないのに言葉だけで知っているのです。人工知能もその一つでしょう。
人工知能を見たことも触ったこともないのに、それが作ったと言われる物がたくさんあって、それらは見ることができるし、場合によっては触れることもできます。ネット上にも、おびただしい数の人工知能作とされる物の複製があふれています。文書、映像、音声という形で存在しているのですが、どれもが複製であって現物とか実物ではありません。そうした複製たちに、そもそも現物や実物があるのかさえ不明に思えます。
人工知能によって作られたとされている物があちこちに存在しながら、その作者であるはずの人工知能を目にしたことがないのですから不思議な話です。AI、AIと呼ばれながら、その個別の名前がない点も不思議です。呼称や愛称があるのかもしれませんが、前面に出てくることはまずありません。
〇〇さんがAIを使って描いた絵(作詞作曲した歌、書いた小説)。〇〇研究所(〇〇社、〇〇グループ、〇〇大学)がAIを利用して開発した商品(システム、サービス、アプリ、ソフト、ツール)。こんな具合に、個人名や集団名が明記されることはあっても、AIはその貢献度が度外視されたかたちで刺身のつま扱いされています。
名前のない怪物なのでしょうか。そんな怪物の登場する小説がありました。とても悲しい物語です。なによりも人間が怪物であることを感じさせる恐ろしい作品でもあります。
たぶんAIは大部分の人にとってはブラックボックスなのでしょう。そもそも人工知能に限らず、知能(通常は人間の知能を指します)というものがブラックボックスだと思いあたりました。知能を見たことも触ったこともないのに、知能によって作られたというか生みだされたとされる物たちに、この星は満ちあふれています。しかも現在では、その多く、ひょっとするとほとんどが複製なのです。
人工知能と知能の違いはどこにあるのでしょう。固有の名前があるかないかなのでしょうか。名前や名づけは基本的に人だけに許されるものです。というか、擬人化されるほど人にとって親しい物(人以外の生物や無生物や現象)にも名前(名詞)が与えられます。呼びかける必要があるからです。
人ではないものに呼びかける、話しかけるためには、名前(名詞・名称)が必要です。相手が人ではないものや正体不明の物の場合には、人はそれを手なずけるために名づけます。名づけたところでなついてくれる保証はありませんし、なじんでくれるとも限りません。まるで人のほうがなつき、なじみ、すり寄っているかのようです。でも懲りずに名づけ続けます。人から名づける行為を取ったら何が残るのでしょう。
知能、知性、知識、知ーー見たことも触れたこともないのに、それが生みだしたとされるものが無数にあり、それらは見たり聞いたり触れたりできる。交換も売り買いも強奪も窃盗も詐取もできるし、じっさいに、そうされている。この星はそうした行為の場になっている。
そんなことは考えなくても生きていけるという意味で当然と言えば当然であり、それでも考えてしまうという意味で不思議と言えば不思議ですけど、私はと言えば摩訶不思議だとしか言いようがありませんし、同時に慄然としないではいられません。自分が当事者だからです。
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